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2013年9月21日 (土)

新刊『四月、不浄の塔の下で二人は』

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 僕の19冊目の単行本、『四月、不浄の塔の下で二人は』(中央公論新社)が、そろそろ世に出回りはじめている。

 着想したのは4年以上も前のことなのだが、いろいろあってなかなか着手することができずにいた。そのかわり起稿してからはほぼ一気呵成で、あとから数えたら正味4ヶ月にも満たない期間で書き上げていたとわかり、自分でも驚いた。長い構想期間を経て頭の中で物語が熟成され、とっくに「完成品」ができあがっていたのだろう。

 迷いもなく一気に書ききり、読み返してもほとんど手直しの必要を感じない。そういうケースは稀だ。僕の中では、まさに「書くべくして書いた」という感触のある作品である。

 この作品は、ある意味で、昨年4月に上梓した『出ヤマト記』の姉妹篇のようなものである。もちろん、背景やモチーフはまったく違うのだが、『出ヤマト記』が、「異世界」に単身飛び込んでいく少女の物語だとすれば、本作はその逆で、「異世界」から少女が単身、われわれの住むこの世界に飛び出してくる。ただし、ファンタジー的な設定はいっさい使用していない。

 新興宗教団体の中には、共同生活を送る聖域のようなものを築き、外部世界との接触を断って信仰の浄化を図ろうとするタイプの教団がある。もしもそういう教団の内部で生まれ、出生届も提出されず、当然学校に通うこともなく、聖域から一歩も外に出ないまま成長した子がいたとしたら? そしてそういう子が、ある日突然、何も知らない外部世界にたった1人で対峙しなければならなくなったとしたら? この作品は、そんなところから着想したものだ。

 主要な舞台は、東京都東部の下町周辺である。出水ぽすかさんによる装画に描かれているのは、まさにそういう風景だ。ごみごみとした下町の住宅地を前景にして、東京スカイツリーが聳えている。ともにこの現代日本に実在するものであるにもかかわらず、なぜか近未来かパラレルワールドの風景を描いたものみたいに見える。しかしそれこそ、僕が描きたかった「異界としての現実世界」なのだ。

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