« 2013年12月 | トップページ | 2014年5月 »

2014年3月11日 (火)

最新刊『ここを過ぎて悦楽の都』

Photo_3

 今日・明日あたりから、僕の最新刊『ここを過ぎて悦楽の都』(祥伝社)が店頭に出まわりはじめる。雑誌「Feel Love」の2012年冬号から2014年冬号まで7回にわたって連載したものだ。単行本としては記念すべき20冊目である。僕の作家生活は今年で満10年なので、平均すれば年に2冊は新作を出しつづけていたことになる。

 勤務先を理不尽ないきさつで解雇された若い会社員・日夏充が、夜な夜な「エピキュロポリス」と呼ばれる人工都市の夢を見つづける。そこではさまざまなテクノロジーや薬物を利用して、窮極の快楽を追求しているのだ。一方で充は破格の条件での再就職を果たすのだが、その会社の目的も、自分に割り振られた業務の意味も、不明なままでありつづける。ただ1人の部下である大槻砂李はなにやら背景を知っているらしく思われるのだが------

 と、一応内容をサマリーしようと努めてみたが、例によってうまくいかない。実際に読んでいただいた方が絶対にいいと思う(それにしても、われながら、僕の小説というのはどうしてこうサマリーしにくいのだろうか)。

 ところでこの作品には、実は原形がある。19年前である1995年に、同名の作品を中篇小説として執筆しているのだ。しかも、第32回文藝賞で1次予選を通過している。予選通過作品のリストを今見てみると、伊藤たかみさんの『助手席にて、グルグル・ダンスを踊って』(彼はこの作品で文藝賞を受賞して作家デビューを果たしている)があったり、1次予選通過者として嶽本野ばらさんの名前があったりして興味深い。

 デビュー前に書き溜めていた習作をリライトして世に出すケースは、僕の場合は稀だ。そのときはいいものを書いたと思っていても、プロとして経験を積んでから読み返すと、「なっちゃいない」ところがあまりに多すぎて、それを直すよりはゼロから書き起こした方がずっと楽だと思ってしまうからだ。

 この作品の原形についてもそれは同様で、そのままでは恥ずかしくてとても出せなかったのだが、個人的に強い愛着があり、そのまま埋もれさせてしまうのはあまりに惜しかった。

 そこで、主要登場人物を何人か増やすかたわら、エピソードも追加して物語に奥行きをもたらし、「なっちゃいない」部分に大鉈を振るって説得力を持たせ、結果としてはオリジナルのほぼ3倍の量にまで膨らませた(といっても、もとが中篇なので、長篇としては標準的な長さだと思うけれど)。

 ただそれは、仮にも10年におよぶプロとしての経験を積んだ人間が持つ技術力だけでカバーできる部分だ。骨格となるプロットそのものには、ほとんど手を加えていない。

 全面的リライトを終え、こうして本になってから原形を読み返すと、「発想はいいのに、惜しい!」という気持ちになる。なんというか、全体的なコンセプトや、取り上げているモチーフも含めて、「時期尚早」感があるのだ。あたかも当時の自分が、19年後に完全な形で存在することになるこの作品をなんらかの形で「幻視」して、自分の手で具現化しようと努めながらも、力が及ばず半端なところで息絶えてしまったのだ、とでもいうかのように。

 そういう意味でも、この作品をまさに今、世に出すことには、なにがしかの必然性があったのだと思っている。この19年の間に力を蓄えてきた僕が、とうとう本当にこの作品を書く資格を手に入れたのだ、と。

 ところでこのカバー、ものすごくカッコよくて、自分でも何度も見とれてしまうのだが、背後の絵の特異な作風、過去に僕の作品の装丁ですでに記憶しておられる方もいらっしゃるのではないかと思う。そう、2009年に早川書房から出した短編集、『全世界のデボラ』のカバーも、この人の作品を使用したものだったのだ。

Deborah


 作者は画家の高松和樹さん。そしてデザインは、『マザー』の単行本のときやはり装丁をお願いした高柳雅人さん。僕にとっては、まさに夢のゴールデンタッグとでも呼ぶべき取り合わせの布陣である。

 ちなみに高松さんとは、奇しくも先日、東京国際フォーラムで開催されていた「アートフェア東京2014」の会場で初めてお会いすることができた。

 ナイフの切っ先のようにソリッドな冷たさを放つこの作風から勝手に想像していたよりもはるかに気さくな方で驚いたが、もっと驚いたのは、印刷された状態で見るかぎりまるでCG処理のように見える作品が、現物を間近で見ると、生々しいマテリアル感や、幻惑されるような奥行き感に満ち満ちていることだった。そして何より、あらゆる光を完全に吸収してしまう背景の黒。これがもう、圧倒的な「漆黒」としか呼びようがないものなのだ。

 高松さんは、ご自分の作品が表紙に使用されたことを「光栄です」とおっしゃってくれていたが、僕にしてみればThe honor is mine.という感じである。

|

« 2013年12月 | トップページ | 2014年5月 »