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2015年8月30日 (日)

極私的読書ガイド(1) ------序

まったくの気まぐれから、僕自身の作品について一種のガイドみたいなものを書いてみる気になった。「作風が毎回違う」といわれるけれど、実は見かけほど違うわけではなく------ってああもうなんか語りはじめた矢先からめんどくさくなってるな。

そんな具合なので、いつまで続くかはわからないし、突然中断してなんの申し開きもしないままかもしれない。それでもいいなら読んでみてほしい。って、これが人になにかを読んでもらおうとする態度だろうか。

基本的には、「一見一作一作がバラバラに見える平山瑞穂作品にも、実は“系列”がある」という観点からガイドしていこうと思うのだが、それに際してまずは何に重きを置くべきなのだろうか。売れているかどうか? ------いや、ぶっちゃけそんなことをキーにできるほど売れてる作品がないしね。

というわけで、当方としては、売れているかどうかはまったく度外視した上で、あくまで僕自身の好みから全作品を俯瞰して勝手にカテゴライズするという方針を推し進めることにする。

そこで最初に挙げるのは、やはりなんといっても(というのはあくまで僕自身の内面における文脈に基づくものなのだが、そういうことをいちいち註釈として挟み込むのはうっとうしいだろうからこれを限りにそのへんはすべて、いやなるべく省略することにして)、「ラス・マンチャス通信系」だろう。

ご存じない方のために、というかほとんどの方はご存じないと思うのであらためて申し述べておくが、『ラス・マンチャス通信』は、2004年に新潮社から刊行された僕のデビュー作である。 

文庫化されたのは2008年で、そのときにはなぜか角川文庫から出ているのだが、版元が変わった経緯についてはまあ大人の事情があったということで見過ごしてもらうとして、その角川文庫版も今は事実上手に入らない状態になっていて、角川の電子版だけがかろうじて読める状態になっているという現状についてもまあまた別の大人の事情があったということで。

って、なんか気持ちいいな、これ。いろんなことがもう時効になってるっぽいのでなんでも好きに言える感じがする。いや、当時は八方に気を遣って言いたいことも言えずにいたんですがね、今となってはもう気を遣う対象そのものが存在しないに等しいので(特に角川方面に関しては)。

とにかくそんなわけで、作家としての僕の原点はこの『ラス・マンチャス通信』にあると思われ、そして作品としても、やはり最初に言及すべきなのはこれに連なる一連の作品なのかなと。 

まあでも今回は「序」なのでここまでです。『ラス・マンチャス通信』については語りたいことが山ほどあり、語りだしたらきりがなくなりそうなので。いや、語りたいことっていうのはつまり、僕がどうしてこのデビュー作の作風をその後ストレートに踏襲しなかったのかとか、おおむねそういったことなんだけど。

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