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2015年9月 1日 (火)

極私的読書ガイド(3) ------ラスマンの申し子たち(2)

株式会社ハピネス計画(単行本は2007年、文庫は2010年)

一種の奇書といっていい『ラス・マンチャス通信』の衣鉢を(なんらかの意味で)継いだ作品として、時系列の上で筆頭に挙がるのはこれだろう。

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神経質な青年・氏家譲(ウージー)が、失職して実家に戻っている間に、中学時代の破天荒な友人・阿久津武蔵に奇妙な仕事を与えられるという話。

ストーリー性よりはむしろ、現実と一枚ずれたところに存在する妙な世界に譲が巻き込まれていくトリップ感を前面に押し出そうとしたのだが、その意図はたぶんあまり読者には伝わらなかったものと思われる。

原稿が8割がたできあがった時点で、バッドエンディングを予想した担当編集者から軌道修正を求められ、必ずしも納得していない状態で中途半端に話をきれいにまとめようとしたことが最大の敗因だろう。

ハッピーエンドが悪いと言っているわけではない。そうするならそうするで、物語の設計自体を全面的に見直すべきだった。それをしたくないなら、バッドエンドになろうがなんだろうが、当初の思惑を貫徹すべきだったということだ。

ただ、この物語に登場する、奔放ででたらめだが憎めないバカっ母・優璃亜と、おしゃまでたくましい娘・樹雲(じゅうん)の2人は、自分が産み出したキャラクターの中でも出色の存在として今でも愛している。

またこの小説は、僕がいわゆる自己啓発的なものをいかに蔑視しているかを、ほかのどんな作品よりも(ほかの作品でもちょくちょくほのめかしてはいるが)むき出しの形で表現したものだということができるだろう。

 

プロトコル(単行本は2008年、文庫は2010年)

おそらく、「ラスマンの申し子」として紹介されることに最も違和感を抱かれるであろう作品。

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意外にもこの作品は、もとはといえば、「ラスマン」に横溢する独特の閉塞感(語り手が特異な存在であることから生じるもの)を、なにか別の形で表せないか、というところから着想されたものである。

「語り手がたとえばなにか偏執的な認識構造を持っていて、常になにかを監視しているとか、そういった設定はどうか」という提案が担当編集者からあり、それに応じて僕が産み出したのが、「有村ちさと」というキャラクターだった。

文字で書かれたものに対しておよそ尋常でないほどの注意力や執着を持ち、店の名前や広告表現などで使用される外国語の文法的な誤りも決して見過ごさない女性。それが有村ちさとだ。

そういう女性が、どんな性格で、どんな仕事をしていたらリアルだろうか。その想像を押し広げていったところに、『プロトコル』という作品が生まれた。

結果としてこの作品は、ネット通販大手でシステム関連の仕事に従事する、きまじめで四角四面で融通のきかない有村ちさとという一人の女性をめぐって、複数の人物の思惑が交錯する形で展開する一種の「お仕事小説」としてその姿を現したともいえるかもしれない。

ファンタジー色はゼロだし、なにか不条理なできごとが起きるというわけでもないので、これが「ラスマンの申し子」だということはにわかには信じがたいかもしれない。僕自身、今となっては、その出発点にはあまり意味がないと思っている。

よくも悪くもこの小説は「ウェルメイドなエンタメ」たりえていて、「ラスマン」の持つ異形性はほぼ排除されているからだ(念のために言っておくが、僕はここで、「ウェルメイド」という語を、一定の両義性を含ませた形で使用している)。

なお、この有村ちさとというキャラクターは、少数ながら一定の人々から熱い支持を受けているようだ。

パッと思いつく範囲でいうと、ライターの瀧井朝世さんや書評家の大矢博子さんなどがそうだ。お二人ともこのキャラをたいへん気に入ってくださり、ことあるごとに「ちさと推し」の書評を書いてくださったり、なにかにかこつけて言及してくださったりしている。

しかしそれでもなお、有村ちさとは、一般的にはほとんどまったく知られざるキャラクターのままで留まっている。

『プロトコル』は僕の作品の中でただひとつ、シリーズもの的な「派生作品」を産み出した作品であり、『有村ちさとによると世界は』(2010年)というスピンオフも存在するのだが、この本を知っているのはおそらくごく一部の「有村ちさとファン」などにかぎられているのだろう。 

〈続く〉

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