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2015年9月 3日 (木)

極私的読書ガイド(5) ------ラスマンの申し子たち(3)

ひきつづき、『ラス・マンチャス通信』から派生した作品の紹介に戻ろうと思う。今回は『魅機ちゃん』と、短編集『全世界のデボラ』。 

『魅機ちゃん』(2009年)

Mikichan

「小学館のガロ」との異名も取った異色のコミック誌「月刊IKKI」(2014年に休刊)の2007年9月号〜2008年8月号に連載され、翌2009年2月に単行本化された。最近では『パパがも一度恋をした』などのスマッシュヒットがめざましい漫画家・阿部潤さんとのコラボという形を取った作品。

「月刊IKKI」は本当に自由な雑誌だったが、小説の連載はさすがにこれが最初で最後だったのではないか。小説といっても、標榜していたのは「小説と漫画の融合」であり、だから毎回阿部潤さんのスピンオフコミックも併せて掲載されていたわけだが、本体はあくまで僕の小説だった。

その「小説と漫画の融合」という試みが成功していたかどうかはさておき(率直にいえば、成功していなかったと思う)、楽しい仕事ではあった。

「月刊IKKI」では、読者からの感想などが「IKKIST通信」として当該作品のページの余白に紹介されていたのだが、『魅機ちゃん』に関しては、全12回の連載中、ただの一度もそれにお目にかかったことがない。なにかしらの感想が届いていれば採用されていただろうから、おそらく1件も存在しなかったのだろう。そもそもこの作品は、IKKI誌上で読んでいる人が1人でもいたかどうかが疑わしいのだ。

無理もないことだと思う。コミック誌を手にする人は、コミックが読みたいのだ。そこに(阿部さんのイラストをちりばめてはあるにせよ)文字ばかりがびっしりと並んだページがあっても、うぜぇと思って無視してすっ飛ばすのがオチだろう。------それでも、仕事としては楽しかった。

文章のスタイルなどに関していえば、コミック誌ということを意識した結果、たぶん僕の全作品中で最もライトノベルに近いものになっていると思う。内容も、ごくかんたんに言ってしまえば、「お酌をするだけの機能しか持っていなかったはずのロボット“魅機ちゃん”が暴走、私立探偵の助手となって大酒を食らいながら大活躍!」といったお気楽なものだ。

だがこの物語は、やはり「ラスマン」を絶賛する担当編集者から、「ラスマンに通底する残酷さをしのばせてほしい」というリクエストを出され、それに応じて編み上げたものなのだ(その要素は、作品の後半以降からじわじわと姿を現し、やがてすべてを覆いつくしていく)。その意味では、この作品の装いに見られる「気楽さ」は、フェイクでしかない。

にしても、不遇な本だったな……。楽しかったからよかったといえばよかったかもしれないが、関わった人々の苦労を思うと本当に浮かばれない気がする。

 

⚫︎全世界のデボラ(2009年)

Deborah

現時点で僕にとって唯一の短篇集だが、同時に最も「ラスマン」に近い作法で書かれた作品の集成でもある。デビュー直後から主として早川書房の「SFマガジン」誌上に散発的に発表してきた短篇が大半を占めている。

「デビュー直後から」と言ったが、新人である僕に早川書房側から声がかかったわけではない。僕自身が自主営業として原稿(デビュー前に書きためていた短篇など)を送りつけ、掲載を打診したのが最初のきっかけだった。

「ラスマン」も不発に終わり、受賞第一作を執筆するにあたって新潮社から方向転換を求められるのは歴然としていた。そんな中で、「書きたいものが書かせてもらえなくなってしまうかもしれない」という不安に襲われ、いざというときのための避難場所を作っておきたいと思ったのである。

「SFマガジン」はたいへん懐の広い雑誌で、文字どおりの「SF」ではないものでもかなりの範囲まで受け入れてくれる。そもそも、この短篇集に収録された作品の中で、純然たるSFと呼べるものはひとつもないと思う。強いてジャンル分けするなら、「スリップストリーム」ということになるのだろうか。

つまり、かなり好き放題に、僕自身が書きたいように書かせてもらえたため、作風も全体的に当時の僕が本当に書きたかったラインにおおむね沿っているということなのだ。

おかげで、少なくとも「ラスマン」の支持層には、この短編集はおおむね好評だったようだ。「これを待っていたのだ」といったトーンの感想をいくつか目にした記憶がある。ただ、彼らの期待に応えるには、本になるのが少々遅すぎたと思う。

「ラスマン」を世に問うてから、「ラスマン」の流れを最も正統的に汲んだこの作品集を刊行するまで、5年もかかっている。せめてあと2年か3年早く出せていたら、「ラスマン」の記憶を印象が薄れないうちに更新し、支持層の関心を掴みつづけることがもう少しはできていたかもしれない。------まあ、今さらそんなことを言っても虚しいだけだが。

ちなみにこれに収録された『十月二十一日の海』という作品は、その頃抱えていた仕事にふとうんざりして、気分を変えたくて勝手に書いたものだった。なんだか無性に楽しくて、筆が進むわ進むわ、迷うこともなく一気に書き上げていた。

プロになってから、オファーもなく、その時点では発表できるあてもないのに一篇の作品を書き上げたのは、あとにも先にもこれっきりだったと思う。そしてそんなまったくの思いつきで書いたものを快く「SFマガジン」に掲載してくださった塩澤編集長(当時)には、今でも感謝の念がやまない。

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