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2018年10月11日 (木)

幻冬舎文庫『午前四時の殺意』発売

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2015年に単行本として刊行された『バタフライ』の文庫化である。タイトル変更は僕自身の意思によるものではなく、これで納得しているかというと正直そうは言えないのだが、そのへんは例によって大人の事情に左右されているのでいかんともしがたい。

それより何より、書評家の藤田香織さんが寄せてくださった「解説」がもうすばらしくて、ゲラで最初に読んだときには思わず落涙しそうになった。

単行本のときは、不用意に「バタフライ」という語をそのまま書名にしてしまったばかりに、勝手な期待を抱かれ、その期待に本書が応えていないという理由でずいぶんあれこれといわれなきケチをつけられたものだ。

いわゆる「バタフライ効果」を人間世界のできごとに置き換えて描いたものとしては、映画「バタフライ・エフェクト」のシリーズが有名だが、わざわざそう銘打ってはいなくても、似たような趣向を扱ったフィクション作品は枚挙にいとまがないだろう。つまり、だれかのささいな行動やふとした選択が、めぐりめぐって大きな結果に結びつく、というものだ。

それがさらに複雑な偶然の重なりあいを巻きこみながら途方もない事態に発展し、最期にはパズルのピースがカチッとはまるようにあざやかな終結に帰着する、といったタイプの小説もまま見られる。タイトルからして、僕の小説も「その手のやつ」と思わせてしまっていたのだろう。その「期待」を裏切ってしまっていたということだ。そこまで派手な展開など描かれていないから。

でも僕は、最初からそんなものを目指してこれを書いたわけではない。そういう小説なら、そういうのが得意な作家がすでにいくらでも書いている。僕が書きたかったのはあくまで、「ニュースなどで報道される事件を見て、あなたは人ごとだと思っているかもしれないが、実はあなた自身がなんらかの形で、その自覚もないままにその事件に関与し、原因の一端を担っているのかもしれないんだよ」ということだった。

藤田さんの解説は、そのキモを実に的確に捉えたものになっている。また、その怖さを描くにあたって、リアリティを醸すために、僕が登場人物たちの作りこみにこそ心血を注いだのだということもわかってくださっている。おまけに、執筆に先立って、僕が舞台となる土地におけるロケハンを周到に行なっていたことにまで気づいてくださっている。著者としてはもう、感謝のひとことしか出てこない。

藤田さんにはかつて、『株式会社ハピネス計画』の文庫版でも解説をお願いしているのだが、ご本人とは今もって面識がない。お会いしたこともないのに、どうしてこんなに僕の意図を正確に汲んでくださるのだろうかと感嘆することしきりである。この場を借りてお礼を申し上げたい。藤田さん、本当にありがとうございます。

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