« 「ワスチカ」ベトナム語版 | トップページ | 新聞に対する僕のこだわり »

2019年8月 1日 (木)

8月をめぐる不思議な暗合

 今日(8月1日)、「アンネ・フランクの日記」のオランダ語原著("Het Achterhuis")を読み終えた。それは同時に、全文の翻訳作業が終了したことも意味する。

 ことの起こりは、小説執筆上のある必要から、オランダ語を勉強しはじめたことにある。しかし容易に想像できるであろうように、日本国内のオランダ語学習人口というのはきわめて限られている。テキストの類も数えるほどしか刊行されていない。あらかたのものは購入して2度、3度と読んだものの、力がついているという実感からはほど遠かった。たとえば英語の文章を読む際に発揮される読解力に相当するものは、まるで身についていないといわざるをえなかったのだ。

 もっと、浴びるように大量のオランダ語の文章に触れることが必要なのだ(英語の読解力もそうして身につけたように)。そう考えた僕は、オランダ語で書かれた本をなにか1冊、通して読んでみようと思い立った。しかしそこにもハードルが立ちふさがる。「オランダ語で書かれた本」って、たとえばなんだ? オランダの作家なんて、とっさには一人も思いつけない。そのとき唯一頭に浮かんだのが、「アンネの日記」だったわけだ。

 ナチスの犠牲になったユダヤ人少女が潜伏中の住居内でひそかに書きつづった日記として、この本は非常に有名だ。そこからの連想で、アンネ・フランクがドイツ語を使っていたように思いちがいをしている人も少なくないようだが、彼女は強制収容所に連行されるまではアムステルダムに住んでおり、第一言語もオランダ語だったのだ(ドイツ語も使っていたようだが、それは両親などの第一言語がドイツ語だったから)。

 とはいえその有名な本を、白状すると僕はこれまで邦訳でも読んだことはなかったし、手元に邦訳書があるわけでもなかった。しかし、かえってそのほうがいいかもしれない。手元に「答え」があったら、ついついそれを逐一参照したくなってしまう。それをやっていると、本当に自力で原文を読み解けているのかどうかがあいまいになる。

 まずは自力で全編読んでみて、それから初めて「答え」と照らしあわせればいいのだ。しかし、照らしあわせるためには、自分がその部分をどう読んだかという軌跡を残しておかなければならない。いちばん確実なのは、逐一日本語に訳して、その訳文をすべて取っておくことだ。原文を読んでいるときの「ああ、何を言っているかだいたいわかった」という感覚は、意外とあてにならない。それをきちんと自分の言葉に、つまり日本語による文章に置き換えることができなければ(そしてそれを読んでみて日本語としてちゃんと意味が通じなければ)、真に読解できている証拠にはならないのだ。

 取り寄せた原書の分厚さにビビりながらも、とにかく頭から日本語に訳す作業を始めたのが去年の2月、それから手の空いたときに少しずつ、コツコツと作業を進め、約1年半で訳し終えたのが今日だったということだ。

 その作業を通じて、僕のオランダ語力がいかに向上したかあるいはしなかったかという話は、とりあえず措いておく(それを判断するためには、既存の邦訳との照らしあわせによる検証が別途必要になり、それだけでも膨大な時間と労力が必要とされるからだ。いずれにしても、僕のオランダ語学習は、もはや当初の目的から離れて完全に一人歩きしてしまっているわけだが)。

 それより今言いたいのは、読み終えた日付が「8月1日」になったことだ。

 「アンネの日記」は、1942年6月12日から約2年間にわたる記録であり、最後の日付は「1944年8月1日」になっている。巧んだわけでも、それを最初から目標にしていたわけでもない。まったくの偶然で、僕はこの本を同じ「8月1日」(ただし、75年という年月を差しはさんで)に読み終えることになったのだ。なにか運命のようなものを感じずにはいられない。

|

« 「ワスチカ」ベトナム語版 | トップページ | 新聞に対する僕のこだわり »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「ワスチカ」ベトナム語版 | トップページ | 新聞に対する僕のこだわり »