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2019年8月13日 (火)

酒飲みの成長を見守った店の最後に寄せて

 かつて、わが家へと向かって辿る道があった。かつて、故郷へと帰る道が。かわいい人よ、泣くのをやめて。子守唄を歌ってあげるから。

 かつて、池袋にあるバーがあった。その店については、拙著『プロトコル』の「あとがき」でも言及している。作中で、主人公・有村ちさとが、上司に連れられて行った店で高級バーボン「ブラントン」を知ることになるというくだりがあるのだが、僕自身がその酒の存在を知ったのは、まさにその店においてのことだったのだ。

 その店が、先だっての8月10日をもって閉店した。

 今から思えばまだ若造だった30代の前半から通いつめた店だ。池袋という、よくも悪くも猥雑な街にはあるまじき、孤高のたたずまいを超然と保持しているバーだった。「池袋にもこんな気のきいた店があるんだよ」と自信をもって人を連れていける数少ない店のひとつだった。

 店主のY氏は僕が作家であることも知っていて、店内にずっと僕の著作を陳列してくれていた。Y氏経由で読者に引きあわされたり、Y氏のもとに預けられた自著にサインを頼まれたりすることも数知れずあった。しかも、僕自身は自作の中で5本の指に入るほどの評価を与えていながら、一般的には悲しいほどまったく知られていない『3・15卒業闘争』を、非常に高く評価してくれてもいた。彼が旅行で訪れたマチュピチュの遺跡を背景に『3・15卒業闘争』を掲げてくれていた写真は忘れられない。

 僕はY氏を通じて、この店で実にいろいろな酒とめぐりあってきた。初期の頃は当時凝っていたさまざまなカクテルを、途中からは数々の、癖のある、あるいは曰く因縁つきのシングルモルトやスピリットの類を。

 閉店に際して、直前に挨拶を兼ねて顔を出すことはかろうじて果たせたのだが、最近は諸般の事情でなかなか訪れることもできずにいたことが心の底から悔やまれる。終わりというものは、いつも突然やってくる。Y氏はいずれまた別の場所で仕切りなおすとのことだが、その店と、池袋にあったこの店とは、同じものではない。池袋のあそこに、あの場所にあったこの店には、もう二度と足を運ぶことができないのだ。

 この店で過ごした幾多の夜のことが、脳裏を駆けめぐる。「こういう酒が飲みたい」という僕のリクエストに応じて、Y氏がこちらに背中を向けて、並みいるボトルの中からしかるべき1本を物色している姿。そうしてY氏の見立てで飲んだ酒の味が、翌朝フラッシュバックのように舌の根から蘇ってきたこと。いつしか僕も50代にさしかかり、体力的な全盛期はすでに過ぎてしまった感があるが、精力も好奇心も、アルコール耐性も最もさかんだった最良の時期を、僕はこの店とともに過ごしてきたのだ。

 その最良の時期に、そういうすばらしい店に、そしてそれを統べるY氏というすばらしい人物にめぐりあえた僥倖に心から感謝すると同時に、池袋という、どう工夫してもどこかが垢抜けない街で、そういう珠玉の店を探り当てることができた自分を、僕は誇りに思う。Yさん、今まで本当にありがとうございました。そしてこれからも、少し違った形ではあるとしても、この酔っ払いを末永くよろしくお願いいたします。

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