« 思い出すあの人 | トップページ | クーをめぐるさらなる顛末(1) »

2020年5月25日 (月)

短編『獺祭の夜』を「SFマガジン」に掲載

Img_0661

「SFマガジン」6月号に、僕の短編『獺祭の夜』が掲載されている。この雑誌への作品掲載は、なんと11年ぶりだ。2009年に早川書房から短編集『全世界のデボラ』が刊行されて以来、なんとなく離れてしまっていた。

その間に、「SFマガジン」は月刊から隔月刊に変わっていた。今回の6月号も、本来は先月末に刊行される予定だったのが、コロナ問題をめぐって1ヶ月延期されたものだ。

編集部のコメントに、「原稿をいただいたのは半年前ですが、究極のStay Homeともいえる状況が描かれます」とある。そのとおり、原稿はとうに書き上げていたのだが、久々だっただけに僕が少々カンを失っていて改稿が必要になったのと、担当の塩澤さん(編集長でもあるし、それ以外にもいろいろとたいへんな役職に就いておられる)があまりに多忙で、なかなか時間を作ってもらえなかったことが原因で、いつしか半年も過ぎてしまっていた。

その間にコロナ禍で世の中はこんなことになってしまい、作中に描かれる「外界との交渉が途絶えた一種の隔離状態」が、はからずも今の世相を反映したかのような趣を帯びるに至ってしまったというわけだ。

それは偶然の戯れとして、作品自体は、いろいろな意味で実に僕らしい、SFともファンタジーともホラーとも純文学とも呼びがたい、不穏さに満ちた一篇になっていると思う。

短編だと、わりとこのように「自由に、書きたいように」書かせてもらえる余地がある。まあ僕は必ずしも短編向きの書き手ではないと思うのだが(事実、これまでに刊行した25冊の小説作品のうち、短編集は『全世界のデボラ』のみだし、単行本未収録の短編も数えるほどしか存在しない)、今回、書いていて純粋に楽しかったことは否定できない。

なお、『獺祭の夜』というタイトルについてひとこと付言しておくと、このタイトルは、もともと短編集『全世界のデボラ』に収録された表題作『全世界のデボラ』のために考え出したものだった。当初、そのタイトルで書きはじめたのだが、書いている間に登場人物が「全世界のデボラ」というある意味でキャッチーな表現を口にするくだりに差しかかり、その時点で「これだ!」と思いなおして改題したのである。

それでも、『獺祭の夜』というタイトルにも愛着があり、いつか別の形で利用できないものかと思っていた。今回、それが果たせたことには自分でも満足を感じている。

ただし、短編小説『全世界のデボラ』が「SFマガジン」に掲載された2005年末から15年を経る間に、「獺祭」という日本酒のポピュラリティが格段に高まってしまったであろうことは、少しだけ残念だ。もちろん、今回の短編も、そういう銘柄の日本酒に関する物語ではまったくなく、むしろ「獺祭」という言葉そのものの本来の意味に近い使い方をしたものではあるのだが。

なんにしても、どんな形であれ作品を発表できたことは本当にありがたい。このとおり、僕はまだ生きている。

|

« 思い出すあの人 | トップページ | クーをめぐるさらなる顛末(1) »