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2020年12月26日 (土)

クーをめぐるさらなる顛末(2)

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 ある晩、クーの様子が見るからにおかしくなった。呼吸が浅くなり、口からよだれを垂らしている。よだれを垂らすのは、通常、なにか受けつけられない味のするものを口に含んでしまった場合だが、このときのクーは、単に気持ちが悪くてそうなっているように見えた。

 しばらくすると落ち着いたのだが、次の日も、そのまた次の日も、クーは同じ状態になった。チューブから注入したあとは必ずそうなったし、注入からだいぶ時間が過ぎていても、夜になるときまってよだれを垂らしはじめ、何時間もそれが続くこともあった。吐き気止めを飲ませると幾分ましになるのだが、薬が効いた結果おさまっているのかどうかは確信が持てなかった。

 7月の終わりの、土曜日の晩のことは忘れられない。夜の8時ごろからよだれを垂らしはじめたクーが、何時間にもわたって、それまで聞いたこともないような悲痛な声で唸りつづけたのだ。呼吸も走ったあとの犬みたいに「ハッハッハッハッ」と浅く荒くなっており、目はうつろで、なだめようとして触れても煩わしそうに顔をそらしたり、僕の指に噛みついたりする。じゃれてそうしているのではなく、穴が開いて血が出るほどの強さで、本気で噛んでいた。

 このまま放っておいたらまちがいなく死んでしまう――そう確信した。一緒にその様子を見ていた妻も、同じように感じていた。しかし土曜日の夜なので、東大には宿直医すらいない。とにかくなんらかの手を打たなければと思って、救命救急も受けつけている近場の動物病院に電話してみた。

 現在こういう病気で東大にかかっており、東大ではこういう治療を受けていて、こういう段階である、ということも含め、クーの置かれている状況を可能なかぎり詳細に説明した。それだけの情報を伝えれば、クーに何が起きているのか、どんな手を打てば状態を改善できるのか、獣医には見当がつくものと思っていた。しかしその回答は、「連れてきていただいたとしても、皮下点滴くらいしかしてあげられることがない」というものだった。

 その病院になんとかしてもらうことは、その時点で断念した。皮下点滴とは、前回書いたように、水分を補給するための処置にすぎない。水分なら、チューブから与えることができているから現状で十分に足りているのだ。この状態のクーに皮下点滴を施したところで、それがなんの足しになるというのか。

 あとから冷静になって振りかえると、その病院は、もしかしたらクーが東大にかかっていると聞いたせいで、変に身構えてしまっていたのかもしれない。相手は獣医学の最高峰といわれる東大附属動物医療センターだ。そこにカルテもないまま変に介入して死なれでもしたら、責任の取りようもない。だから、なにかするとしても最小限の処置、すなわち、それによって直接的に死が引き起こされる心配のない皮下点滴に留めておきたいと考えたのではないか。

 ともあれ、僕たちにできることはもはや、見守ることしかなかった。この様子では、おそらく朝まではもたないだろうと思われた。僕も妻も、そういうつもりで覚悟を決めていた。

 抗がん剤治療を始めてから、ある時点まで、経過は順調だと思っていた。薬剤の効きはめざましく、本来の病変部分は驚くほど早く縮退し、その後もぶりかえしてはいないという報告を、東大に行くたびに受けていたからだ。それなのに、本来の問題であるリンパ腫とは関係のない部分で、クーが死んでしまうというのか。理不尽な思いでいっぱいだった。

 それでも、翌日も出勤予定だった妻はある段階でベッドに向かったのだが、僕は寝ずの番をするつもりでいた。祈るような思いで経過を見守っていたところ、さいわい、明け方になる頃には、クーはおおむね平静な状態に戻っていた。ひとまずは胸を撫でおろした。

 翌日曜日にも、注入後や夜などにクーはやはり似たような様子を示したのだが、土曜日の晩ほど切迫した状態には至らなかった。その間に、東大の宿直医を通じて、次回の予約を早めてもらい、月曜日には東大まで連れていって、精密検査をしてもらった。

 しかし、検査結果からは、そういう状態になる原因と思われるものが何も見つからなかったという。にわかには信じられなかった。素人考えでひとつ思いついたのは、クーがなんらかの炎症を起こしていたのではないかということだった。

 抗がん剤の骨髄毒性により、クーの白血球は目に見えて減少していた。おりしも、そのために次の抗がん剤投与を1週間見合わせていたさなかのことである。そして白血球が少ないということは、細菌などの外敵に対する防御力が弱まっているということだ。それでなんらかの感染症にかかっていたのだと考えれば、あの息の荒さも説明がつく。しかもクーには、感染防止のために抗生剤も飲ませていた。症状がおさまったのは、それが効いた結果だったのではないか。

 僕のその見解に対して、主治医は否定的だった。もしそうなら、一度おさまった症状が翌日もまたぶりかえすとは考えづらいというのだ。いずれにせよ、そうした異状が現れたときには、その渦中にあるときに採血するなりして検査しないと、確たることは何も言えない。やはり、首にチューブが刺さっていることが大きなストレスになっており、そのために一時的な興奮状態にあったのではないか、というのが主治医の見立てだった。

 そのさなかには、僕も妻も、「これは死ぬだろう」と確信して、覚悟も決めていたのだ。それほどまでに激烈な症状だったのだ。ストレスで興奮状態にあったくらいで、あんな状態になるだろうか。その点は今もって完全に腑に落ちてはいないのだが、とにかく、首のチューブはいったん外したほうがいいだろうという話になった。

 チューブを外すと、たしかにクーはよだれを垂らしたり気持ち悪そうにしたりすることはなくなった。しかし、やはり自分ではいっさい飲み食いをしようとしない。主治医によれば、「チューブを外した途端に食欲が回復する猫もいる」とのことだったが、その期待は裏切られた。何日かは強制給餌と皮下点滴でしのいだが、根本的な解決のためには次の手立てを講じる必要があった。

 といっても、選択肢はひとつしかなかった。すなわち、当初は大がかりすぎると思って避けていた、「胃に直接通じるチューブをおなかに取りつける」というものだ。この際、背に腹は代えられないので、クーを入院させ、全身麻酔の上で取りつけ手術をしてもらうことになった。

 ところが、ここでまたしても大きな危機が訪れるのである。

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〈以下続く〉

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