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2020年12月25日 (金)

クーをめぐるさらなる顛末(1)

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 去年、クーが肥満細胞腫に冒されたときの一部始終はかつてこのブログで詳細に語ったが、実は今年も、クーは大病を患っている。実のところ、今年の特に後半は、コロナどころかクーの治療および介護に明け暮れていたと言っても過言ではない。例によって、話に一段落がつくまでは報告も憚られ、気がついたらこんな年の瀬も押しつまる頃合いになってしまっていた。少々長いが、今回から5回に分けてその顛末を報告したい。

 最初の兆候が現れたのは4月ごろだった。基本的に快食快便のクーが、下痢気味になってきたのだ。それが何日も続くので、これはなにかあると思い、さしあたってはかかりつけの地元クリニックに相談した。しかし、整腸剤を投与してもなんら改善の兆しが見られなかった時点で、今回は早々に東大附属動物医療センターにつないでもらうことにした。

 去年の肥満細胞腫のときの反省に基づく対応だった。前回、当初問題になっていたのは頻繁な嘔吐であり、地元クリニックでは消化器系の不具合を疑っていたのだが、東大ではそれを即座に、脾臓で増殖していた肥満細胞腫のしわざであると看破したのである。今回も、「消化器系の不具合」という見立てで悠長に「様子を見て」いたら、その間にどんどん病状が進行してしまうのではないかと恐れたのだ。

 危惧は的中しており、東大での診断は、消化器の不具合とはなんの関係もない、悪性リンパ腫というものだった。リンパ管およびそれと接している大腸がリンパ腫の影響で肥厚しており、その結果として消化機能に不全が生じていたのである。その診断を受けたのは、新型コロナウイルスが蔓延し、外出も憚られるようになっていた6月上旬のことだった。

 司令塔となっている脾臓の摘出で済んだ肥満細胞腫と違って、今回の治療としては、抗がん剤しかありえなかった。副作用もあるが、半年ほど投薬して様子を見るしかないという。そして、もし抗がん剤治療をしなかったとしたら、このあとは「もって1、2ヶ月」と宣告された。選択の余地もなく抗がん剤治療を始めてもらい、以降は原則として週に1度、東大の弥生キャンパス(本郷キャンパスに隣接する、農学部が入っているキャンパス)に通う日々が始まった。

 しょっぱなから見舞われた大きな障害は、副作用だった。抗がん剤の副作用は大きく見て二つあり、ひとつは骨髄毒性、すなわち造血機能などにもたらされる障害であり、もうひとつは消化器毒性、すなわち嘔吐や下痢、便秘など、消化機能に関わる障害である。クーの場合、まずは消化器毒性が、食欲不振という形で現れた。

 いや、「不振」というレベルではない。自分の意志では飲み食いというものをいっさいしなくなってしまったのだ。2、3日程度なら食べなくても死にはしないが、水さえ飲もうとしないので、放置していたら命をつなげなくなってしまう。次に東大にかかるまでは、地元クリニックなどで皮下点滴(毛皮と肉の間の隙間に生理食塩水などを注入し、ゆっくりと体内に水分を吸収させる処置)や強制給餌(口の中にフードを強制的に押し込んで嚥下させる処置)で生きながらえさせるよりほかになかった。

 状況を伝えたら、東大からは3つの解決策を提示された。いずれも、チューブを経由して強制的に給餌もしくは給水することに関わるものだ。

 いちばん簡単なのは、鼻にチューブを取りつけるというもの。これは麻酔も必要としないが、チューブが細いため、水しか入れられず、フードについてはこれまでどおり、強制的に口の中に押し込む形でしか与えられないし、チューブ自体が外れやすい。次に簡単なのは、食道に通じるチューブを首に取りつけるというもの。局所麻酔だけで済み、水だけでなく、液状の栄養物なら注入することができる。

 最も本格的なのは、おなかに穴を開けて胃に直接通じるチューブを装着するというもの。チューブも太いから固形物も注入できるし、これがいちばん抜けにくいので安全でもあるが、そのかわり、全身麻酔が必要になり、そのために入院させなければならない。

 鼻のチューブは論外だと思った。鼻の穴に常時チューブが刺さったままというのは、どう考えても快適であるはずがないし、どのみち水しか入れられないのではほとんど意味がない。かといって、入院させてまで胃に直接通じるチューブをつけるのもどうかと思ったので、首に取りつけるチューブを選んだ。

 チューブから給餌・給水するには、「シリンジ」と呼ばれる注射器のような形の器具が必要になる。給餌については、これを使って、クリティカルリキッドという液状の栄養物をボトルから吸い出し、チューブの先端から注入するのである(下の画像参照)。クーの体重だと、このリキッドが1日に200ccは必要ということなので、100ccずつ2回に分けて注入した。

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 生命維持に必要な栄養と水分は、これで与えることができる。飲み薬が必要な場合も、散薬を水に溶かして注入すれば済むので、その意味ではかえって楽だった。その間にも、消化器毒性の作用でひどい便秘になり、浣腸が必要になったりする不具合はあったのだが、とにかく抗がん剤治療が終わるまではこうしてしのぐしかないのだと覚悟を決めていた。注入の間、クーは基本的にはおとなしくしており、特にいやがっている気配もないので、手間がかかるだけで大きな問題はないと思っていた。

 ところが、この注入を始めて1ヶ月ほどが過ぎると、クーは注入しているさなかや直後に吐いてしまうようになった。ときには、これから注入しようとセッティングして、クーを膝に乗せて首のカバーからチューブを引き出しただけで、えずきはじめることもあった。主治医の話では、チューブ自体が吐き気を催させることはないはずだが、なんらかの違和感があり、それが気分的に吐き気に結びついているのではないかということだった。

 それでもさしあたってその方法での給餌・給水を続けるよりほかになく、だましだましやり過ごしていた。最悪の事態が訪れたのは、そのときだった。

〈以下、続く〉

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