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2021年11月17日 (水)

クーをめぐる顛末 ―最終章― (5)

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それでも、次の痙攣がいつ訪れるかはわからなかった。僕たちは脱衣所にかけ布団だけ持ってきて、床に直接横たわり、両側からクーを挟むようにしながら仮眠を取った。気づけば朝になっていた。クーも落ち着いていたので、僕と妻のベッドが接している中央部分にタオルを敷いてその上にクーを横たわらせ、ひきつづき両側から見守る態勢を取った。

もっとも、結局ほとんど一睡もせずに朝を迎えていたので、目を開きつづけていることはむずかしかった。何度も眠りに落ちてしまい、そのたびにヒヤッとして目を覚ました。そして、まだかろうじて生きているクーの姿を目にして胸を撫で下ろした。そんなことを何度も繰り返しながら、いつしか午後になっていた。そして1時半ごろ、バタッという音が耳元で聞こえ、再び「ニャーーーッ」という悲痛な叫び声がそれに続いた。僕も妻も、その音と鳴き声で、 浅い眠りの淵から一気に引き上げられた。

クーはたぶん、いまわの際に臨んで、立ち上がってどこかに行こうとしたのだと思う。しかし力が足りず、倒れてしまったのだ。バタッという音は、それが原因だったのだろう。見るとクーは、僕たちが横たわらせた位置から少し離れた場所で、体を大きくのけぞらせていた。僕と妻は、そのクーに覆いかぶさるようにして、懸命に呼びかけた。苦しんでいるのに、何もしてやれないのがせつなかった。

クーはヒュウッ、と勢いよく息を吸い込み、10秒ほど間を開けてはまたヒュウッ、と息を吸い込んでいた。やがてその間隔が、次第に間遠になっていった。もう終わったかと思うと、またヒュウッ、と聞こえる。でもそれも、ある時点で完全に途絶えた。ただ、触ればまだ温かいし、本当に逝ってしまったのかどうか、しばらくは確信が持てなかった。何分かそのまま見守ったが、呼吸の音は二度と聞こえなかった。それが、本当の最期だった。

ひとまず、かつてクーが愛用していたカゴの中に寝かせるために抱き上げると、その体はなんの緊張も伴わずにぐにゃりと垂れ下がった。ああ、本当に逝ってしまったんだな、とようやく確信した。硬直が始まらないうちに、体を丸めるようにしてカゴに収めると、おだやかに眠っているようにしか見えなかった。よくそのカゴの中で、クーが実際にそうしていたように――。

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やがて体の硬直が始まったが、尻尾だけは硬くならず、根元から先端まで手を走らせると、そのたびにまだ生きているみたいにしゅるんと手からこぼれ落ちていった。先代の猫・無為(本名は「うい」)は、(もともとノラだっただけに)生育環境がよくなかったのか、尻尾の骨が丸まったまま固まってしまっており、生前も死後も、そんなふうに尻尾を触ることができなかったので、死んでも尻尾は硬直しないということを、僕はそれまで知らずにいた。たぶん、尻尾には筋肉がないからなのだろう。

翌日の日曜日、ういのお骨を納めてあるペット霊園経由で火葬してもらった。立派な骨だった。クーは顔つきなどは仔猫のようでも実は大柄な猫だったので、骨も大きくて、猫用の標準的な骨壷に収まりきらないほどの量があり、ペット火葬業者のスタッフの人がちょっと困っているように見えた。納骨に際しては、ういの隣のスペースがたまたま空いていたので、「愛猫クー号」はそこに納めてもらうことにした。おおらかであっけらかんとしていたクーはともかくとして、気むずかしかったういはやきもちを焼くかもしれないが、壁で隔てられているので大丈夫だろう。

ともあれ、土曜日に最期を迎え、日曜日に荼毘に伏すという形で、妻と二人揃って、すべてにスムーズに立ち会うことができた。飼っていた猫が、飼い主の都合を考えて、すべてわきまえた上で死のタイミングを見計らっていたように見えたという話は、ざらに耳にする。本当にそうなのかもしれない。

 

覚悟していたことではあるが、クーのいなくなった欠落感は、そうたやすく埋められそうにない。僕が作家専業になったのは10年前であり、クーと過ごした14年のうち10年は、基本的に終日、家で一緒に過ごしていたことになる。もちろん、四六時中べったりとくっついていたわけではないが、家の中にクーの存在感があることはあたりまえの状態だった。もはやそれがないことに、心が容易に適応できずにいるのだ。

最初の数日は、1日に何度も、いや、何十回も、「そういえばクーはどうしているかな」と思ってしまっていた。もういないのに、いる前提でそう考えてしまっていた。そして僕は気づくのだ。クーの具合が悪くなる前から、日中、そうやってたびたびクーの安否を気づかい、その時点での所在をたしかめ、無事でいることを確認して安心することが、すっかり習い性になってしまっていたのだということに。

玄関のドアを開け閉めするときには、つい、クーが外に飛び出していかないかどうか目を走らせてしまうし、キッチンの、冷蔵庫の前に置いてあったエサ皿が空になっていないかどうか、つい確認しようとしたりもしてしまう。クーの水飲み用のカップをゆすいで中身を入れ替えようとして、もうそれがいつもの場所に置かれていないことに気づいて打ちのめされたり、ゴミ出しのために家中のゴミを回収している間に、猫トイレのチップやマットをもう交換する必要がないことに気づいてまた悲嘆に暮れたり。

僕のスマホには、夥しい数のクーの写真が収まっている。いや、実のところ、収蔵している写真の99%以上は、クーの写真なのだ(インスタ全盛の時代ではあるが、僕はクー以外のなにかを撮影することにほとんど関心がなかった)。そうしてクーの写真を見たが最後、嗚咽にむせぶことすらなく、涙がツツーッと頬をとめどなく伝い落ちていく。ときには恥も外聞もなく号泣してしまうこともある。

作家専業になってからこのかた、朝、出勤する妻を見送って一人になっても、日中、寂しいと思うことは一度もなかった。でもそれは、実は「一人」ではなかったからなのだ。たとえ姿が見えなくても、家の中のどこかにクーがいることはわかっていたし、必要なら姿を見に行くこともできた。会話は成立しなくても、しょっちゅうなにかしらクーに話しかけたりもしていた。仕事に集中していても、廊下からクーが僕の部屋の中を覗き込んでいることにふと気づいて、ほっこりしたりもしていた。それがいっさいなくなってしまうと、文字どおり一人で過ごす家の中は妙にガランとしていて、空虚で、空っぽで、寂しくてやりきれない。本当の一人ってこんなに寂しかったんだ、と今になって思い知らされている。

それでも、事前に予想していたほどには、僕はいわゆるペットロスの状態には陥っていないと思う。いったいクーの死に自分は耐えられるのだろうか、クーが死んだら、僕は悲しみのあまり一時的に廃人のようになってしまうのではないか、と案じていたが、実際には、クーが旅立ったその日から、僕は仕事も含めてやるべきことをやれていた。その後も、日常生活をまっとうな形でこなすことができている。

それはひとえに、クーがお別れのための時間をたっぷりくれたからなのだと思っている。

近いうちの死を覚悟してから1ヶ月半にもわたって、クーはアンコールに応じつづけてくれたのだ。その間に僕は、さんざん泣いた。泣いて泣いて、その間にだいぶ心の整理がついていたのだと思う。どれだけ整理がついていても、もう二度と会えないのが死ぬほど悲しいことに違いはないから、思い出せばやはり泣いてしまうけれど、お別れは十分すぎるほど果たせたから、「もっとこうしておけばよかった」といった悔いはいっさい残っていない。

ものすごい生命力で何度も危機を乗り越え、心の整理をする機会をしっかり提供してくれたクー――それ以前に、14年もの長い年月、かぎりない慰安と癒しを、そして楽しい思い出を惜しみなく与えつづけてくれたクーには、感謝の言葉もない。せめて天国でも、おだやかでおおらかで、陽気でのんきでいつも上機嫌だったその姿のままで、元気に走りまわったり、暖かい陽射しを浴びながら寛いで丸くなったりしていられることを祈っている。

――いや、クーならまちがいなくそうしているだろう。

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〈終わり〉

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