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2021年11月16日 (火)

クーをめぐる顛末 ―最終章― (4)

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クーはもはや、いつ死んでも不思議ではない状態だった。それでも妻は、毎朝出勤しなければならないので、夜はそこそこの時間に就寝していたのだが、僕は毎晩、寝床に就きかね、3時・4時まで粘って、クーの様子を窺いつづけるようになった。それでもある時点で眠気に抗えなくなり、今にも命の火を絶やしてしまうのではないかと気を揉みながらもベッドに向かい、翌朝、まだ生きている姿を目にして安堵する、というパターンを毎日くりかえしていた。

最後の頃、クーはたいていの場合、リビングの隅のカーペット上か、お風呂の蓋の上にいるようになっていた(人目につかない隙間などに潜り込むことは、なぜかなくなっていた)。お風呂の蓋の上に飛び乗る力もなくなってからは、脱衣所のバスマットの上にうずくまっていることが多くなった。

水だけは飲んでいたから、おしっこは定期的にしていたようで(ときどき、猫トイレをチェックすると、下に敷いたマットには着々とおしっこのしみが広がっていた)、猫トイレはバスマットのすぐそばにあったから、その意味でも都合のいい場所だったのだろう。クーは本来、洗面台の脇に置いたカップから水を飲んでいたのだが、その頃には洗面台に飛び乗ることもできなくなっていたので、バスマットのそばにカップを移動させたり、浴室の床に置いた洗面器に常に水を張っておくようにしたりしていた。

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それにしても、水だけで命をつなげるのは、せいぜい1週間くらいだろうと思っていた。食べ物を口にしなくなってから1週間が過ぎ、最初の土日が巡ってきたとき、正直、「この土日の間に死んでくれたら、いろいろな意味で収まりがいいんだけどな」と思っていた。というのも、妻は原則として月〜金で出勤しなければならず、週の中日に死なれてしまったら、火葬などに立ち会うために休みを取らなければならなくなるからだ。

ところがクーは、その土日も生き延び、新しい週が始まってしまった。さすがに次の週末まで命がもつことはないだろうから、妻も休みを取らざるをえなくなるだろうと思っていた。その間、妻は毎朝、うしろ髪を引かれるような思いで出勤していたと思う。帰宅するときには、もうクーはこの世にいないかもしれない。これが見納めになるかもしれない――毎朝、そんな思いで玄関のドアを開けて出ていっていたのではないか。

しかし驚いたことに、クーは次の1週間も、水だけで生き延びたのだった。

最後の数日ほどは、水も胃が受けつけなくなっていたらしく、しきりと水を飲もうとはするのだけれど、ひと口飲んではえずき、えずいてはまた飲もうとするというのをくりかえしていた。それでもクーは水を飲もうとし、最後まで生きようとしていた。そして、死の2日前まで、たぶんたまたま比較的調子がいいときには、僕が体を撫でるのに応じて、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれてすらいた。

動物は、「痛い」とか「つらい」などと自分から訴えることはしない。この最期の日々に、クーが本当はどう感じていたのか、僕たちが知る術はない。それでも、あくまでその様子を見るかぎり、クーはひたすら衰弱していくだけで、おそらく、願わくば、それほど苦しんではいなかったと思う。

10月22日金曜日、日中に僕は、痩せ衰えたクーを抱きかかえて寝室まで運び、ベッドの上に寝かせていた。硬く冷たい床に敷いた薄いバスマットの上では、あまりに寛げないのではないかと思ったのだ。寝室では、僕と妻のベッドがくっつけてあるのだが、僕のベッドの足もとあたりに常に畳んだタオルケットを敷いてあり、元気だった頃にはそこがクーの定位置になっていた。クーにとってもなじみのあるその場所に横たわらせると、クーはそこそこ寛いでいるように見えた。クーがそこから降りたくなった場合のことを考えて、踏み台になる高さのものをベッドにくっつけてもおいた。

しばらくして様子を見に行くと、クーは妻のベッドに移動していた。「そっちに移ったの?」と訊きながら近づいた僕は、タオルケットを畳んだクーの居場所と、クーが横たわっている場所の間に、おしっこのしみが広がっていることに気づいた。たぶん、尿意を感じてトイレに移動しようとしている間に力尽きて、その場におもらししてしまっていたのだろう。かわいそうなことをしたと思って、僕は大急ぎでクーをバスマットの上に戻し、おもらしのあとをきれいにした。

しかしクーは、ベッドに寝かせたほうがあきらかにゆったりと身を横たえることができているようだったので、その後も様子を見ながら、ときどきベッドに寝かせていた。その晩、妻が就寝する時点でも、クーはそこにいた。そして僕は例のごとく、リビングで寝ずの番を務めながら、数十分おきに寝室に様子を見に行ったりしていた。

すると午前3時半ごろ、寝室からドタッという音が聞こえた。なにごとかと思って駆けつけると、「クーちゃんがベッドから落っこちちゃった」と妻が寝ぼけまなこで言いながら、クーを抱き上げている。「ああ、水が飲みたかったんじゃないかな」と言いながら、僕が妻の手からクーを引き取った。そして、いつしか羽根のように軽くなってしまっていたその体を、浴室の洗面器の前にそっと下ろした。

そのときの感触を、僕は忘れることができない。いつもなら、そうやって下ろしたあと、クーは四つ足で這いつくばるような姿勢を取るのに、そのときは、くたっ、という頼りない感触しか伝わってこなかったのだ。クーは、僕が置いた位置にそのまま、軟体動物のようにぐにゃりとくずおれていた。自分の体を支えようとする力が、そこからはまったく感じられなかった。「あ、これはまずい」と直感的に察せられた。その直後、クーは、それまで聞いたこともないような悲痛な声で「ニャーーーッ」と叫び、体を痙攣させはじめた。僕は大慌てで、今しがた眠りに戻ったばかりの妻を、「クーちゃんが死にそう!」と呼び起こした。

死に際の猫がそういう声で鳴くことがあるという話は、ほうぼうで聞いていた。これがそれなんだと思った。それからは、狭い脱衣所で、僕がクーのお尻側から、妻がクーの頭側から臨み、無我夢中で体をさすりながら、最期を看取ろうとした。クーは、切迫した調子の荒い呼吸をくりかえしていた。そしてその場で、バスマットの上におもらしをしてしまっていた。すぐにバスマットを交換し、お尻周辺を拭ってやった。でも、クーが粗相をしたのは、日中のおもらしとこのときのおもらしの、たったの2回だけだ。限界まで、自力でトイレに移動して排尿していたし、最後まで、嘔吐も下痢もいっさいなかった。

しばらくすると妻が、「顔を見たがっているから、見せてあげて」と言ってきた。僕はクーのお尻側から見ていたから気づいていなかったのだが、クーは、苦しそうに喘ぎながらも、しきりと顔を起こして僕のほうを向こうとしていたらしかった。でも、もう顔を起こすだけの力が出せずにいたのだ。僕が急いでクーの小さな頭に手を添え、僕のほうに顔を向かせると、クーは僕の目をまっすぐに見つめていた。

瞳孔がほぼ完全に開いてしまっていて、実際にはたぶんろくに見えていなかったと思うが、クーはその真っ黒な目を、ひたむきに、まっすぐに僕に向けていた。その目が何を訴えているのか、正確にはわからなかった。「助けて」と言っているようでもあり、ただ僕に対する底の見えない信頼をあらわにしているようでもあった。僕はただあられもなく泣き崩れながら、クーと見つめあっていた。あの真っ黒な目を、僕は生涯、忘れることができないだろう。

さっきの悲痛な鳴き声は、「末期の声」だろうと思っていた。このまま逝ってしまうのだろうといよいよ覚悟を決めていた。ところが、クーはまたしても、持ち直した。僕たちに撫でさすられながら、次第に呼吸が落ち着いてきたのだ。

驚くべき生命力だと思う。もともと、一昨年の肥満細胞腫と、去年の悪性リンパ腫と、2度も大病を患いながら、それを乗り越えて生き延びてきた猫だ。そして今回も、今にも息絶えそうな危機的状態からいったんは回復し、なお1ヶ月半も寿命を伸ばした。そして最後の2週間は水だけで命をつなぎ、ついに末期の叫びらしきものを上げながらも、一度はその絶体絶命の関門をすり抜けたのだ。

〈続く〉

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