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2021年12月24日 (金)

新作『さもなくば黙れ』発売

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僕の26作目の小説作品、『さもなくば黙れ』が論創社から発売された。現状、大手版元から僕名義の本を出すことはかぎりなく困難になっているため(なぜ、どういう経緯でそうなってしまったのかについては、いずれ別の著作であきらかにする予定だ)、このように、小さな版元からゲリラ的に少部数で刊行していく戦法に切り替えることにした。もともと喫水線下だったのが、さらに日光の届かない深海に潜り込んでいくことになりそうだが、その分、のびのびできて快適な面も多々ある。最終的には、本を出しつづけることさえできれば、僕としてはそれでいいのだ。

今回は、近未来の物語である。「バイザー」と呼ばれる頭部装着型のデバイスを装着した者同士が対面すると、おたがいの脳内の思念を文字化して伝えあうことができる(バイザーを通して見る視界の脇に、LINEでのやりとりのように文字が表示されるというイメージ)。そのバイザーを、公共空間において常時装着することが法的に義務づけられた社会が舞台となっている。このシステムを使いこなせない人間は、「何を考えているのかわからない危険人物」として排斥されていく。

このアイデアの核心部分を着想したのは、コロナ禍が始まるより前だったのだが、詳細な設定や登場人物のプロフィールなどを決めていく過程は、まさにコロナ禍の進行とパラレルに進められていった。去年の4月、まだいちいちマスクをつけて外出することに強烈な違和感を覚えていた頃に、家の近所を散歩しながらどんどん細かい設定を思いつき、そのたびに足を止めて、スマホにメモしていったのだ。

バイザーをつけることとマスクをかけることは、どこか似ている。そして、システムへの不適合を起こして社会から締め出されていく人々の姿は、コロナ禍で自由に外出することに制限が加えられる人々の姿と重なっていた。そのあたりについては、コロナ禍のおかげで、想像を膨らませやすくなっていた面もあったと思う。

創作の中で、コロナ禍をどう扱うかというのは、ずっと悩みの種だった。当初は、「せいぜい数ヶ月のうちに収束するだろう」と見ていたので、無視していいと考えていたのだが、実際には一向におさまらず、ついには年単位になってしまった。TVドラマなどを観ていても、そのあたりをどう扱うか、制作サイドが頭を悩ませているのが手に取るようにわかった。多くは、「コロナ禍がない世界」という設定でどうにか辻褄を合わせているようだったが(だから登場人物らは、屋外でもマスクをつけていない)、これだけ長引いてしまうと、創作の設定にもその現実を反映させないわけにいかなくなってくるのではないか。

しかしその点について、本作では、実にあっけなく解決策が見つかった。これは、あくまで近未来の話なのだ。設定では、コロナ禍のおおむね10年後の世界ということになっている。それだけ遠い先のことにしてしまえば、コロナ禍がもはや完全に過去のできごとになっている(つまり、作中にコロナ下の世界をことさらに意識した設定を取り入れる必要はない)ということで、なんとなく許される気がした。

でもわからない。現実には、オミクロン株のあとにも続々としぶとい変異株が登場しつづけ、10年の間にウプシロン株やらカイ株やらを経てオメガ株まで行き着き、ギリシア文字のアルファベットを使い切ってしまって、また頭に戻って今度は「ダブルアルファ株」から順番にナンバリングされるようなことになっているかもしれない。そのあたりについては、今後の推移を見守るしかない。

どのみちメタバースなども登場してしまった現在の趨勢を見ていると、10年後ともなれば、おそらく、想像をはるかに超えた「未来」的なコミュニケーション環境が実現しているものと思われる。その時点で本作を読み返すと、「うわー、なんて古くさい“未来”像を描いていたことか」というような目も当てられないありさまになっていることも十分に予測されるが、この際、そこには目をつぶることにする(それを言うなら、「未来」を描いたほとんどすべての作品は、そうしたズレを回避することができないのだ)。

この本を書いた僕の関心は、もともと「テクノロジーの未来」それ自体にはなかった。コミュニケーションの様態についてのひとつの仮説の提示、ひとつの思考実験をしたかっただけなのだ。そのつもりで読んでいただきたい。なお、本書を一般書店で入手するのはなかなか困難かもしれないので、どうぞネット書店などを躊躇なく活用していただければさいわいである。

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コメント

仕事帰りに購入のために秋葉原:有隣堂に立ち寄りましたが、論創社の書籍はお取り寄せになり、2週間は見てほしい。とのこと。

その場でamazonでポチりました。

投稿: リシュリュー | 2021年12月26日 (日) 08時29分

> リシュリュー様

ご不自由をおかけしてたいへん申し訳ございません。たぶんどの書店でも似たような状況かと……。
Amazonでも数日前まで品切れみたいな表示になっていて気を揉んでいたのですが、現在は回復しているようでまだしもでした。
なんにせよ、お買い上げありがとうございました。

投稿: 平山瑞穂 | 2021年12月26日 (日) 09時26分

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